共につくる『学び合い』

新潟の高校で世界史の『学び合い』に挑戦中!教員6年目。

なんで「米語」じゃないの?

 生徒に対して教科の内容を学んでもらう際、「学ぶ『意味』や『意図』」について考えてもらわなければいけないな、と感じた出来事がありました。

 

 日本史の講義パートの授業をしている際、アメリカ合衆国の歴史について振り返らなければいけなかったので、次のような質問を投げかけてみました。

 

 みんなは「英語」を学んでいるけど、基本的にアメリカ英語だよね。

けど、アメリカって漢字で書くと「米国」なのに、なんで「米語」じゃないのかは、分かるよね?

 

 この質問に対して、生徒の反応は明らかに二つに分かれました。一方は、分かるよと言わんばかりに「うんうん」とうなずく生徒。一方は「ぽかーん」としている生徒や、「なんで、なんで?」と近くで話す生徒など、分かる・分からない、で二分していました。

 

 世界史でアメリカ合衆国の成立の過程については必ず学習しているはずです。しかし、半数ほどの生徒(見かけだけで、本当に分かっている生徒は一握りかもしれません)は理解できていませんでした。

 

 私自身としては、「一斉講義で全員が理解することはあり得ない」ということを知っているので、それほど驚くことではありませんでしたが、やはりそれではいけないと思います。

 

 そして、学ぶ「意味」や「意図」が分からないまま、機械的に暗記してテストに答えられるようにするだけでは、これからは厳しいと思います。

 

 ただ、「全ての人が一律に完璧である必要性は無い」と思っています。矛盾しているようですが、その辺りに関してどのようにして折り合いをつけていくか、ということについて、我々教員が考えていかなければならないことなのではないかと思いました。